議論にならないでしょう。
テレビの討論番組で(固いものではなく,バラエティーに近い,いやバラエティーか),そのことについてなんの知識もないと思われる女性タレントが耳学問で仕入れた知識の範囲内でこんなことを言う。
「日本はかわいそうな元売春婦の方々に謝罪するべきです。日本はお金があるのですから援助ができるはずです。アジアの諸国が謝罪しろって言ってるんですから,素直に謝って謝罪すべきです。やったやらないの問題ではなく謝るべきです。」なんて・・・。(で,河野洋平が確かにやったやらないの問題ではないとして,先ず謝っておいたのだが。)
本を読んで考えた末の発言ではない。まごまごしていたら彼女は日本が米国と戦争したことも知らないのかもしれない。何も知らないので,自分は関係ないし興味もないから,まるで自分が正義の味方になったつもりで,ロマンチックな気持ちで言えるのだ。他国の非難は知識がないし怖いからできないが,自国(特に日本)を非難するのはしやすいし,なんか自分が公平で知的な感じもするから。
もともと討論にこんな女優を持ち出すのが間違いなのだが,実はそうでもない。社民党も,民主党の一部もこれと似たようなものだ。
どうしてこんなことになるのか。女性は討論の時とんでもない正論を言う。絶対正しいことを言う。そして「私はそうしたいんです。それが大事だと思うんです。人間性の問題だと思います。」と締めくくる。正論であり反対のしようがない。だが問題の解決策にはなっていないんじゃない。
もっと具体的に言おう。「犯罪防止のための街灯防犯カメラの設置を進めるべきか。」のテーマでデベートをやることになった。私は現実に日本でも犯人逮捕につながったこと,実施した国では犯罪が減っていることなど,被害者の家族の気持ちを例に挙げ賛成の立場で話を進めていた。
ところが反対者の人たち(女性)は代案を出すわけでもなく,防犯カメラの具体的な問題点を特に挙げるわけでもなく次のような理由で反対するのだ。
「私は誰かが見ているからやるやらないというのはおかしいと思うんです。人と人が信じ合い,カギが無くても生活できることが大切だと思います。人を信じられない社会はいやです。」「私はそうしたいんです。それが人として大事だと思うんです。」「もっと話し合って解決すべきです。人を信じたいんです。だから反対です。」と。
これでは討論にならないじゃん。最後は全て人間の愛,話し合いが大切だで終わってしまうのだから。
これと同じことを社民党や民主党の一部の人たちも言う。テレビのコメンテーターも。
「北朝鮮(中国)の核ミサイルについてどう対応するか」。
「私は話し合いが大切だと思うんです。ミサイルが飛んできたらどうするか話し合えば済むことです。私は嫌なんです。憎しみ合うことが。大事なのは愛なのです。日本は昔中国や朝鮮を植民地したことを忘れたのですか。謝罪したのですか。従軍慰安婦問題をどうするのですか。補償は。まずこのことを済ましてからです。」と
討論しているようで討論してないのだ。
「これでは議論にならないでしょう。」って。
決して女性蔑視ではありません。(女性は素晴らしいです。尊敬しています)そういった人がたまたま女性であったということで,全ての女性ではありませんし,男性でも同じような人はいます。
「日本はかわいそうな元売春婦の方々に謝罪するべきです。日本はお金があるのですから援助ができるはずです。アジアの諸国が謝罪しろって言ってるんですから,素直に謝って謝罪すべきです。やったやらないの問題ではなく謝るべきです。」なんて・・・。(で,河野洋平が確かにやったやらないの問題ではないとして,先ず謝っておいたのだが。)
本を読んで考えた末の発言ではない。まごまごしていたら彼女は日本が米国と戦争したことも知らないのかもしれない。何も知らないので,自分は関係ないし興味もないから,まるで自分が正義の味方になったつもりで,ロマンチックな気持ちで言えるのだ。他国の非難は知識がないし怖いからできないが,自国(特に日本)を非難するのはしやすいし,なんか自分が公平で知的な感じもするから。
もともと討論にこんな女優を持ち出すのが間違いなのだが,実はそうでもない。社民党も,民主党の一部もこれと似たようなものだ。
どうしてこんなことになるのか。女性は討論の時とんでもない正論を言う。絶対正しいことを言う。そして「私はそうしたいんです。それが大事だと思うんです。人間性の問題だと思います。」と締めくくる。正論であり反対のしようがない。だが問題の解決策にはなっていないんじゃない。
もっと具体的に言おう。「犯罪防止のための街灯防犯カメラの設置を進めるべきか。」のテーマでデベートをやることになった。私は現実に日本でも犯人逮捕につながったこと,実施した国では犯罪が減っていることなど,被害者の家族の気持ちを例に挙げ賛成の立場で話を進めていた。
ところが反対者の人たち(女性)は代案を出すわけでもなく,防犯カメラの具体的な問題点を特に挙げるわけでもなく次のような理由で反対するのだ。
「私は誰かが見ているからやるやらないというのはおかしいと思うんです。人と人が信じ合い,カギが無くても生活できることが大切だと思います。人を信じられない社会はいやです。」「私はそうしたいんです。それが人として大事だと思うんです。」「もっと話し合って解決すべきです。人を信じたいんです。だから反対です。」と。
これでは討論にならないじゃん。最後は全て人間の愛,話し合いが大切だで終わってしまうのだから。
これと同じことを社民党や民主党の一部の人たちも言う。テレビのコメンテーターも。
「北朝鮮(中国)の核ミサイルについてどう対応するか」。
「私は話し合いが大切だと思うんです。ミサイルが飛んできたらどうするか話し合えば済むことです。私は嫌なんです。憎しみ合うことが。大事なのは愛なのです。日本は昔中国や朝鮮を植民地したことを忘れたのですか。謝罪したのですか。従軍慰安婦問題をどうするのですか。補償は。まずこのことを済ましてからです。」と
討論しているようで討論してないのだ。
「これでは議論にならないでしょう。」って。
決して女性蔑視ではありません。(女性は素晴らしいです。尊敬しています)そういった人がたまたま女性であったということで,全ての女性ではありませんし,男性でも同じような人はいます。
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